「六号病棟・退屈な話」 チェーホフ作 松下裕訳 (岩波文庫)
狂人と語り合ううちに、狂人扱いされるようになる院長の物語です。
実際に医師として活動したチェーホフの、中篇小説の傑作です。
現在、岩波文庫から出ています。
活字は読みやすく、松下訳は比較的新しくて、分かりやすいです。
「六号病棟」とは、ある田舎町の病院の隔離病棟で、狂人たちが収容されています。
その病院の院長ラーギンは、仕事にも人間関係にも飽きて、読書ばかりしています。
ところが院長が、隔離病棟に通い始めたのです。そして人々が驚いたことに、
院長は、発狂した元貴族の青年と、哲学を論じ合っているのでした。
院長は思う、この狂人こそ、世の中で、唯一語るに足る人間だと。
しかし周りの人間は思う、この院長にこそ、治療が必要ではないかと…
院長ラーギンの、「人生は忌々しい罠ですよ。」(P173)という言葉が、象徴的でした。
この言葉の後に展開される彼の運命は、まさに人生の罠にはまったようなもの。
おかしいのは、ラーギンが、罠と知りながら、進んではまっているように見えること。
この悲しい結末を招いた原因が、彼自身の中に存在しているようです。
さて、岩波文庫のこの本には、「退屈な話」も、収録されています。
多くの勲章を持つ老教授が、現在の退屈な日常を、手記に綴った物語です。
また、さらにほかにも、五編が収録されています。
オススメは、ドラマチックな喜劇の「敵」と、怪奇小説とも読める「黒衣の僧」。
二編とも、小品ながら印象に残ります。一読の価値あり、です。
さいごに。(近所のお父さん)
Tさんは数年前まで、お嬢さんと手をつないで、よく町内を散歩していました。
しかし、そのお嬢さんも、今は中学生。
「寂しいもんですよ、もう娘は、私に口もきいてくれない」と、Tさんは言います。
…そうか。娘がうるさくまとわりついてくる今が、人生の華なのかもしれません。