「雪屋のロッスさん」 いしいしんじ (新潮文庫)
さまざまな職業の人を主人公にした、30編のショートショート集です。
2010年に新潮文庫から出ましたが、すでに絶版。アマゾンで1円です。
何でも盗める大泥棒、鳥の顔をした警察官、神が見える神主、雨乞いの達人、
象の生まれ変わりと言われる少女、王子と神様、生ごみ用のポリバケツ・・・
ユニークな仕事人、少しヘンな仕事人が、続々と登場して飽きません。
中でも、作品としてすばらしいのが、「調律師のるみ子さん」です。
るみ子さんは、調律に訪れた盲目の老人に、こう言われてしまいました。
「あなたは本当のところ、ピアノのことが、あまりお好きではないようですね」
しかし、かつてるみ子さんは、誰よりもピアノを愛していたのです。
ピアニストを目指していた頃、誰よりもピアノの音に敏感だったのです。
るみ子さんには、いったい何があったのか?
そして、るみ子さんは、いかに癒されていくのか?
わずか5ページのこの作品のために、この本を買ってもいいとさえ思います。
その一方で「警察官の石田さん」のような、理解不能な作品もありますが。
いしいしんじの代表作「トリツカレ男」も、同じ新潮文庫から出ています。
何にでもとりつかれて夢中になる男と、風船売りの少女との純愛の物語です。
ジュゼッペは、みんなから「トリツカレ男」と呼ばれています。
それは、一度何かにとりつかれたら、とことん夢中になってしまうからです。
あるときジュゼッペは、公園で風船売りの少女ペチカを見かけました。
そのときから、ジュゼッペはペチカにとりつかれてしまって・・・
内容は子供向けだと思いますが、時々ハッとするような言葉に出会います。
さりげない言葉で人生の深いところを突きます。これぞ、いしいワールド。
「そのいち。氷の上の私たちは、いつかきっと転ぶ」
「そのに。転ぶまではひたすら懸命に前へ前へとすべる」
そして、「そのさん」がいい。「そのさん。転ぶとき、転ぶその瞬間には、
自分にとって、いちばん大事なひとのことを思う。そのひとの名前を呼ぶ。」
いしいしんじの作品は、どれもちょっと不思議な浮遊感があります。
しかし、何よりも不思議な浮遊感を漂わせているのは、作者自身でしょう。
いしいしんじは、ある日突然「シーラカンスの刺身を食べたい」と言って、
休みをもらって、コモロ(シーラカンスが捕れる)を訪れたりしたのです。
さいごに。(鎌倉旅行2)
鶴岡八幡宮を早朝訪れると、ライトアップされていました。
人がいなくて静かで、そしてとてもきれいでした。

