「ある婦人の肖像」 ヘンリー・ジェイムズ作 行方昭夫訳 (岩波文庫)
(注意。前回の記事の続きです。今回の記事も、ネタバレが多めです。)
若くて美しくて知的なアメリカ人女性が、ヨーロッパで人生を探求する物語です。
作者の代表作です。「ある貴婦人の肖像」というタイトルで、映画化されました。
岩波文庫から、行方訳が出ていますが、現在品切れです。重版を強く願う!
1985年に国書刊行会から出たものの改訳で、とても味わいのある訳です。
ようやく下巻を読み終わりました。
期待通りに、最後まで面白かったです。いや、期待以上に面白かったです。
この本を品切れにしておくなんて、本当にもったいない。
もっともっと読まれていい作品です。
さて、私はいつのまにかこの作品を、ラルフに感情移入して読んでいました。
気づくと、「ラルフのプラトニックラブの物語」として、読んでいたのです。
誠実で繊細なラルフは、どんなことがあっても、イザベルを見捨てません。
イザベルのことを本当に理解していて、一番愛していたのは、ラルフでしょう。
ラルフの死の場面は、強烈な印象が残ります。
彼は、死によって、イザベルへの愛を完成させたのだと思います。
ところで、よく問題になるのが、ラストシーンの解釈です。
イザベルは、ローマに戻って、どうなるのか?
ローマに戻ってオズモンドとの生活を続ける、という解釈には賛成できません。
それでは、ラルフの愛と死の意味が、無くなってしまいます。
ローマに戻ってオズモンドと対決し、二人の関係に決着をつける。(離婚する)
ラルフの死後も、その愛を身近に感じたイザベルは、きっとそうしますよ。
イザベルとオズモンドとの対決は、ローマを出たときに既に始まっています。
その対決に決着をつける勇気を与えたのは、ラルフの死だったのではないか。
(直接のきっかけは、グッドウッドの3度目の求婚であるが)
ほかにも魅力的な登場人物はいます。たとえば、ウォーバトンとグッドウッド。
この二人の求婚者は、タイプが全く異なっていて面白いです。
また、オズモンドとマダム・マールは、実に生き生きと描かれています。
「危険な関係」を思い出しました。こういう悪役(?)が、物語を面白くします。
しかし、何といっても興味深いのが、イザベルの友人で新聞記者のヘンリエッタ。
彼女は何でもズケズケ言い、あつかましくて、時には滑稽でさえあります。
しかし彼女の言い分は、よくよく考えると、それほど的外れではありません。
それどころか、ラルフが言えないことを、はっきり伝える役目を果たしています。
ヘンリエッタは、イザベルの分身のような存在ではないかと思います。
イザベルの無意識を顕在化したような存在。だから、二人は仲良しなのでしょう。
余談ですが、私はこの本に、注釈がないことが、潔くて好ましく感じました。
ただし、フローレンスがフィレンツェだということに、最後まで気付かなかった。
本の中巻のカバーが、なぜフィレンツェなのかと、不思議に思っていたのです。
フローレンスは、辞書にも載っていません。これだけは、注がほしかった。
さいごに。(さよならエラー)
職場対抗のソフトボール大会に参加しました。私はライトの6番。
6対5のリードで迎えた最終回のウラ。相手の攻撃で2アウト満塁。
打球が私に向かって飛んできました。追いついてキャッチ。
と思ったら、グラブからボールがポロリ。敵軍の2者がかえって、サヨナラ負け。
でも、私は全く責められませんでした。というのも、勝っていたらもう一戦。
しかし、我が軍にはもう余力がなくて、みんな家に帰りたがっていたので。