「夜はやさし」 フェッツジェラルド作 谷口陸男訳 (角川文庫)
ある精神科医と、精神を病んだ妻の、十数年の結婚生活を描いた物語です。
フィッツジェラルドの最後の長編で、自伝的な要素が多い作品です。
現在、角川文庫で読むことができます。
初版は1960年。訳は古いので、正直に言って、分かりにくかったです。
前途有望な精神科医ディックは、ある診療所でニコルという少女に出会いました。
彼女は美しく、富豪の娘であり、その診療所の患者でした。二人は恋に落ちます。
周囲の反対を押し切って結婚した二人は、一見幸せな夫婦でした。
しかし実際は、平和も幸福も、微妙な均衡の上に成り立っていたのです。
二人の前に、若き女優ローズマリーが現れると、その均衡は崩れて・・・
やがて事態は、取り返しがつかない段階に進んでゆき・・・
読み終わってから、一つの疑問が湧きました。
そもそもディックは、ニコルを愛していたのだろうか?
彼が結婚したのは、一人の女性ではなく、一人の患者だったのではないか?
ニコルとの結婚の動機は、愛よりも責任の方が、大きかったのではないか?
私には、結婚からすでに、ディックの転落が始まっていたように思えます。
ディックはそれを自覚しながら、落ちるに任せていたのではないでしょうか。
そこには、なんともいえない甘美さがあります。
村上春樹だったら、そういう甘美な悲哀を、うまく訳してくれるでしょう。
さて、この作品の発表時、「ギャツビー」の成功から9年がたっていました。
すでに、フィッツジェラルドは、過去の人になっていたのです。
フィッツジェラルドは、作品が売れず、アルコールに溺れていました。
美しき妻ゼルダは、精神を病み、病院で療養していました。
精神を病んだ妻に翻弄されて、しだいに破滅に向かうフィッツジェラルド。
「夜はやさし」の「ディック」は、まさに作者の分身です。
ところでこの作品には、エピソードの順序が違う二つのバージョンがあります。
この角川文庫版は、決定版ということ ですが、作者の死後に編集されたもの。
ほかに、作者自身によって出版された、オリジナル版が存在します。
破綻があるものの、オリジナル版の方が、劇的な展開になっているようです。
今年2014年7月に、オリジナル版の新訳が出ました。解説は村上春樹!
しかし、単行本で4536円。いつか文庫化されたら読みたいです。
さいごに。(柳美里さんへの原稿料未払い)
雑誌「創」の柳美里さんの原稿料が、何年も支払われていなかったそうです。
出版界が自転車操業であることは分かりますが、これはないでしょう。
こんな不義理をしてまで、刊行を継続する意味が、あったのでしょうか。
「創」は、マスネディア批評をする雑誌。次号では自分自身を批評してほしい。