「太陽の塔」 森見登美彦 (新潮文庫)
別れた彼女のことを研究し続けている、大学5回生で休学中の「私」の物語です。
作者が院生時代に書いたデビュー作であり、ファンタジーノベル大賞受賞作です。
新潮文庫から出ています。
カバーが作品の雰囲気をよく伝えています。
女性に縁の無かった「私」は、大学3回生の時に水尾さんという彼女ができました。
しかし彼女には振られ、「私」は大学5回生になり、しかも休学しています。
水尾さんと別れてから、「私」はこっそりと「水尾さん研究」を継続してきました。
今日も、水尾さんが現れるはずの場所へ、ひそかにやってきましたが・・・
そこに現れた遠藤という男は、水尾さんの何なのか?
水尾さんと太陽の塔には、どのような関係があるのか?
「たかがファンタジー小説」という、軽い気持ちで手に取ることなかれ。
冒頭からいきなり、頭をガツンと(しかし心地よく)やられます。
「何かしらの点で、彼らは根本的に間違っている。
なぜなら、私が間違っているはずがないからだ。」(P5)
この作品の魅力は文体にあります。森見独特の文体です。
まじめな顔をして冗談を言うような文体で、クスクス笑いながら読みました。
作者は、とても意識的に自分の文体を練り上げたのではないでしょうか。
文体の新鮮さでは、村上春樹の「風の歌を聴け」と、比肩しうると思いました。
もう一つの魅力は、主人公と飾磨(しかま)を中心にした、はちゃめちゃな男たち。
彼らはクリスマスイブに、四条河原町である騒動を企てて・・・
「この壮大な無駄は何なのだろうな。何かこう、罪深いよな」
「それが我々の戦いであった」(P143)
彼らは京大生らしいのですが、天才とヘンタイは紙一重なのかもしれません。
これほど才能の使い方を間違ってしまった男たちが、ほかにいるでしょうか。
ところで、突如現れる叡山電車は、何なのでしょうか。
それから、ラストはどういう場面を想像すれば、いいのでしょうか。
ファンタジーを読み慣れていないせいか、よく理解できない部分がありました。
それでも、ぜひ「四畳半神話体系」は読んでおきたいです。
さいごに。(春休みに登校?)
娘の小学校では、学級閉鎖をしたクラスが、春休みに登校するそうです。
娘のクラスは、学級閉鎖にはならなかったので、娘はほっとしています。